今までのようなリターンを期待すべき時にあらず
ここまでのところ、2023年は総じて株式投資家にとって良い年です。S&P500指数は人工知能(AI)関連銘柄の好調なパフォーマンスを背景に14%近く上昇し、加重平均型ではないNYダウ指数でも4%程度上昇しました。私は毎年、4週間にわたってロングアイランド東部に居を構える著名な投資家たちを招いて、この先1年の資本市場に影響を与えそうな出来事について語り合う「ベンチマークランチ」を主催しています。ヘッジファンド運用者、プライベート・エクイティの重鎮、不動産業界の大物、学者、政府関係者など、各回に25~30人が集まり、ビリオネアも2~3人以上含まれています。今年の参加者の意見を以下の通りまとめました。
ディスカッションではいくつかのテーマが浮かび上がりました。第一に、週の労働時間が変わり、少なくともその一部は自宅で働く人が増えました。第二に、気候変動は現実のものであり、気象パターンや収益性に無限の影響を及ぼすと考えられます。第三に、民主国家と独裁国家の対立は今後も続き、国防費が増大する可能性があります。第四に、連邦、州、地方政府の財政赤字および対外純負債増加によって、金利上昇圧力が続き、株価収益率を圧迫する可能性があります。第五に、AIは、インターネットがそうであったように、ゲームチェンジャーであり、生産性を向上させる可能性が高い一方、雇用への影響は判断が難しいところです。
ライフスタイルは明らかに変化しており、在宅勤務や時間的な自由を経済的な成功と同様に大切に考える人が増えています。私たちは、このことがオフィス不動産市場に多大なる影響を及ぼしており、全米の稼働率に表れていることについて議論しました。主要都市のオフィスビルの空室率は20%前後であり、影響は物件の価値に留まらず、国や地方自治体が徴収する不動産税収にも及びます。物件からの賃貸収入が激減し、オーナーが不動産担保ローンを抱えている場合、抵当権者に所有権を譲り渡すことが賢明かもしれません。これにより、ローン債権の伝統的な保有者である銀行や保険会社に圧力がかかるでしょう。大企業に融資を行うような、総合金融サービスを提供する大都市の巨大銀行への影響はさほどではなくとも、地方銀行は相対的に大きな影響を受けるでしょう。
気候変動に関して、世界は二酸化炭素排出量削減の目標達成で遅れをとっています。仮に米国が炭素排出を止めたとしても、中国やインドが自国の電力の多くを石炭でまかなっているため、問題は解決しません。原子力発電の利用が一つの解となるかも知れません。フランスでは電力の70%を原子力発電から得ていますが、現在の米国では政治的に進展の見込みはありません。原子力発電所の安全性が改善されたにもかかわらず、この発電手段の普及は遅々として進んでいません。ランチに参加した石油の専門家たちは、少なくとも今後20年間は輸送手段の運転に化石燃料を使うことになるだろうとの考えでした。
経済面では、株式市場の好調な推移と最近の国民総生産(GNP)の発表を受け、コンセンサスは景気後退からソフトランディング(軟着陸)へと軸足を移しています。これを踏まえて、米連邦準備制度理事会(FRB)は経済が成長軌道を維持できるよう、追加利上げを一時停止する、という見方が多数派を占めました。少数派の意見として、逆イールドの幅が100ベーシス・ポイント開き、先行指標が悪化しているにもかかわらず、FRBの目標インフレ率が2.0%であり、個人消費支出(PCE)物価指数が依然として4%を上回っていることから、当局はあと1、2回25ベーシス・ポイントの利上げを行うとの声も聞かれました。しかし、インフレ率は事実上すべての面で明らかに低下しており、これが楽観論者を勇気づけています。過去の景気に関する明るいニュースはほとんどの景気後退において先行しており、その後、企業活動が急激に落ち込みました。現在の市場パフォーマンスの延長線上に将来のパフォーマンスを予想することには注意が必要です。金融引き締めの影響が表れるには1年半程度のタイムラグがあるため、今年後半または2024年初頭に景気後退入りする可能性があります。
どのセッションでもAIについて幅広く議論しました。この分野に造詣の深い参加者からは、このツールは重要になるだろうが、現在のお祭り騒ぎは行き過ぎであり、AIが効果的に経済システムに組み込まれるには4、5年かかるという意見も聞かれました。デスクワークの多くは削減、簡素化、廃止される可能性があり、生産性は向上し、おそらく今後5年間で2倍になるでしょう。AI分野の大手企業数社は、大規模な言語モデルにそれぞれ10億米ドルも費やしています。製造業、医療、法曹界、言語翻訳において著しい進歩があるでしょう。大きな疑問は、このように品質が向上した製品に市場があるかどうかです。悪意のある者がAIツールを使用するのを抑制するために、彼らを見分けることが課題となり、何らかの規制が必要になるでしょう。テクノロジーの未来に前向きな人たちは、AIこそが重要なブレークスルーをもたらす次のフェーズであると考えています。世界中の医師は治療法について、より適切な判断を下せるようになり、個人指導者はこれまでより効果的な学習をサポートするでしょう。工学・素材・数学・化学、そして生物学的研究における新たな進歩が気候変動対策に進展をもたらすでしょう。新薬の発売までの期間が短縮されることも期待されます。負の側面としては、AIが次の選挙でネガティブな役割を果たす可能性があり、それを防ぐ必要があります。企業、個人、政治家に対するサイバー攻撃があるでしょう。AIツールを使って生物兵器が開発されるかもしれません。AIは多くの工業国で人口減少を補うのに役立つでしょうが、その恩恵を受けられるのは、新しいツールを活用するのに必要な技術教育を受けた人に限られるでしょう。
どのセッションでも、2024年の米国の選挙について話し合いました。参加者の大方は、現在推定されている以外の候補者が両党の公認候補に指名されることを望む一方、トランプ対バイデンの一騎打ちになるが結果は不透明という点で概ね意見が一致していました。トランプ氏は法的問題で一部の有権者の支持を失うでしょうが、そのほとんどはバイデン氏に票を投じることはないでしょう。バイデン氏は年齢や家族の問題から熱狂的な支持には欠けますが、民主党支持者の多くは、もちろんトランプ氏に投票する訳にはいかないでしょう。その結果、投票率が低下し、上院・下院選挙に影響を与える可能性があります。ある参加者は、必要なのはより優れた大統領のリーダーシップだと言っていました。
ウクライナでの戦争は終わりがないように見える中、来年中には停戦するが、和平合意には至らないというのが大方の見方でした。プーチン氏は、戦争の経済的コストと人的被害によって、ロシア国内で政治的抵抗に直面し始めています。欧米ではほとんどの右翼グループが、ホームレス・住宅・貧困・移民などに関連して、自国内に多くの問題を抱えているのに、ウクライナへの援助や武器供与にこれほど多くの予算を使うべきではないと考えています。民主主義が危機に瀕していると感じる参加者もいました。ロシアがウクライナの一部でも武力で領有権を主張すれば、プーチン氏は他の地域の占領も試みるかもしれません。プーチン氏を止めなければならず、その手段を提供するのは西側諸国次第だと多くの参加者が感じていました。
中国に関する重要な展開は景気減速だという点で、おおむね意見が一致しました。相当な金融刺激策を講じたにもかかわらず、成長率が目標の5.5%を大きく下回っていることは大きな失望を呼びました。個人貯蓄の主要な手段である住宅開発で、多くの企業が倒産の危機に瀕しています。中国はデフレに苦しんでいます。習近平氏の権力に盾突く者はいません。国内問題は習氏に海外での軍事活動展開を思いとどまらせるのに十分なほど重大であり、台湾を占領しようとする可能性は低くなります。とは言え、一部の参加者は、国内問題から注意を逸らすために習氏が台湾に攻撃を仕掛ける可能性がないとも限らないと見ています。米国は中国との関係改善に精力的に取り組んできました。ブリンケン国務長官とイエレン財務長官の訪中はその一例です。中国との貿易額は双方向で合わせて7,000億米ドルに上るため、相互に重要な存在です。このことを、より調和のとれた関係の土台としなければならず、イデオロギーの違いの重要性は引き下げなければなりません。中国には問題があるにせよ、割安な銘柄が多数転がっています。しかし、投資意欲のある参加者はほとんどいませんでした。
投資家は、政府債務の膨張が大きな問題になることを懸念しています。金利コストは2%から3%に上昇しており、すでに国内総生産(GDP)の7%に達している年間コストにさらに1,000億米ドルが上乗せされ、10年後には14%に増加する見込みです。納税者が支払う金額にも、資金の出し手が投融資する金額にも限界があるのに、事の深刻さは無視され続けています。参加者の一人がマルセル・デュシャンの言葉を引用し、「解決策はない、なぜなら、問題がないからだ」と言いましたが、それは安直に思えます。少なくとも、中央政府の債務負担は金利の高止まりを意味するでしょう。期待されるのは、AIが成長を促進し、それが問題からの脱却につながることですが、当面はそれだけでは不十分でしょう。弁護士、会計士、コンサルタントは減り、医療従事者や建築業、在宅支援などのサービス業従事者が増えるでしょう。
私がいくら試みても、米国の教育問題については誰からも意見を引き出すことはできませんでした。米国では、高校を卒業する子どもは75%を割り込んでいるのが現状です。卒業できない25%の子供達の将来はどうなるのでしょうか。複雑化する経済のニーズに対応するために、技術的な訓練を受けた人材を十分に確保できるでしょうか。中東では、イランが核爆弾の製造能力を持つという見通しが強まっており、それによって地域のパワーバランスが崩れるでしょう。中国はこの地域に関与しつつあります。経済が活況を呈しているため、各国は政策に影響を与える地政学的な交渉の席に着きたがっています。
結論として、参加者の過半数が米国経済はソフトランディングすると考えていました。S&P500指数は今後数ヵ月のうちに5,000に達するでしょう。インフレ率は2%に向かうものの、2%に到達することはないでしょう。ロングアイランドのリゾート地ハンプトンズは夏で、ミーティングの間はほぼずっと太陽が出ていました。大部分の参加者は経済的にとても余裕があり、良い生活を送っています。将来的にリターンは下がるかもしれませんが、彼らの生活が変わることはないでしょう。
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Market Insights 和訳版
本レポートは、ブラックストーン・グループ プライベート・ウェルス・ソリューションズのヴァイス・チェアマンであるバイロン・ウィーンにより執筆されたマーケット・インサイト (2023年8月21日発行)の和訳版です。本レポートは情報提供のみを目的としており、広告、特定の金融商品に関する投資助言・勧誘、及び販売等を目的としたものではありません。また、本レポートの一部または全部を、弊社の書面による事前承認なく第三者へ転送・共有することを禁じます。
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