マーケット・インサイト

アセットアロケーションの新たな課題

資産価格のインフレと実体経済のディスインフレの駆け引きが続く中、バイロンと私は、利回りが持続的に低下する将来において、オルタナティブ資産の利回りはより注目を浴びるとと考えます。

連邦準備制度理事会(FRB)の今後の金融政策について、FRB自身が市場に発信するメッセージと、市場参加者の予想の乖離がどんどん広がっているようです。景気が堅調な回復を続ける中、投資家は早ければ2022年にも利上げが開始されると織り込み、ジェローム・パウエルFRB議長やFRB関係者がそれを否定する声は市場参加者に届いていないようです。オンライン開催となった今年のジャクソンホール会議でFRBは新たな優先政策課題を発表しましたが、市場は中銀の説明には更なる裏付けが必要だというシグナルを発しています。FRBが新しい政策姿勢に関して信頼を構築しなければならないのは、今回が初めてではありません。1979年には、新任のポール・ボルカー議長がFRBの政策を大転換し、二桁台のインフレ率の抑制に取り組みました。

当時のFRBにとって、インフレのコントロールは目新しい政策目標という訳ではありませんでした。公開市場委員会副委員長を務めるアルフレッド・ヘイズ=ニューヨーク連銀総裁は長年、インフレを抑え経済を管理するため、マネーサプライの拡大を目指しました。しかし、1979年8月にボルカー氏がFRB議長に就任すると、政策目標をマネーサプライからFF金利に移し、その新しいアプローチは、「インフレ退治」を実現するに十分な経済管理手法だと主張しました。市場では、新議長が目標を達成するために景気後退のリスクを冒すことに懐疑的で、景気後退の兆候が現れれば、議長も政治的圧力に屈するとの見方が一般的でした。その後もインフレ期待が高止まりする中、ボルカー議長の下で1981年までにFF金利を2倍に引き上げました。景気は後退したものの、FRBはインフレを退治したのです。

現在の状況が違うのは、FRBの目標が持続可能な中程度のインフレを促進することである点です。パウエル議長は最近の下院金融委員会での証言で、「経済を支援するために金融政策と財政政策の協調が続けば、景気回復はより強く、より迅速に進むだろう」と述べました。国際通貨基金(IMF)などの諸機関も同様の主張をしています。

バイロンと私は、今後も協調的な政策行動が続くと予想します。しかし、市場に流動性が過剰に供給されているにもかかわらず、政策当局が目標とするインフレ上昇の実現に米国経済は苦戦すると考えています。私たちは、金利低下傾向がコンセンサス、あるいはFRBの予測よりも長い期間続き、従来型のアセットアロケーションでは運用難に直面するという意図しない結果につながるのではないかと考えます。

循環的なインフレ回復と構造的ディスインフレ

景気循環圧力
景気回復に伴って、短期的にインフレ率が上昇する可能性は高いと言えます。ここに来て、インフレ期待は最近の低水準から底離れしました。また、輸入物価が生産者物価の上昇を牽引しています。長期的なデフレの谷をさまよう日本やユーロ圏でさえ、インフレ率が短期的に上昇しました。しかし、そういった一時的な物価上昇は、米国を悩ませる人口統計学上の逆風に相殺されると考えます。この現象を理解するには、高齢化が進む日本や欧州の状況を見れば十分です。米国は現在、日本や欧州の過去を体験しており、日欧のプロローグは米国の未来なのです。

構造的な逆風 私たちは、高齢化が進む人口動態を本質的にディスインフレ的であると考えています。日本では「アベノミクス」の下で10年にわたり、財政当局と金融当局が緊密に連携しましたが、デフレを抑制することは出来ませんでした。欧州では少し前に、大幅なマイナス金利に加え、財政赤字補填に向けた初のEU共同債発行に道筋がつけられ、財政政策と金融政策の協調が整いました。それでも、欧州はデフレに直面しており、目先に反転の兆候は見られません。米国は何かが違うことにFRBは期待を寄せています。しかし、米国、欧州、日本では同様に高齢化の進行、出生率の低下が見られ、成長とインフレの両面に構造的な逆風が2つ吹き付けている格好です(図表1参照)。

図表1 –出生率とインフレ率の推移

出所: Haver Analytics, World Bank, United Nations and Blackstone Investment Strategy.
出生率は普通出生率(人口千人あたりの出生数)を採用、25年先行。インフレ率は各国CPIの過去5年平均

日本は米国よりも高齢化が進んでいますが、1991年にインフレ率がピークに達したときの国民の年齢中央値は37.3歳でした。米国のインフレ率が2012年にピークに達したときの年齢中央値は37.4歳で、ほぼ同一でした。高齢化が最も進んでいる国は、金利が最も低い国(図表2参照)であり、マイナス利回りの債券残高が最も多い国でもあります。これは偶然ではありません。

図表2 –国民年齢の中央値と金利の関係

United Nations World Population Prospects, Bank for International Settlements and Blackstone Investment Strategy. 国民年齢データは2019年時点。政策金利データは2020年7月31日時点。

「V字型」または「超V字型」回復による上振れリスク 「V字型」の回復が実現するならば、金利が急速に正常化に向かう可能性を排除することはできません。記録的な財政支出や金融刺激策が消費者マインドの改善と重なれば、強気な景気見通しの現実味が増します。また、それが9月の小売売上高がコンセンサスを上回った背景かもしれません。この小売売上高の好調さを受けて、景気回復が「V字型」(「超V字型」とも言われる)になるだろうという見方寄りにコンセンサスは大きく傾きました。とはいえ、世界金融危機では、当時としては未曾有の金融刺激策と財政支出が行われたものの、景気回復は戦後で一番弱い回復軌道をとりました(図表3参照)。今回のサイクルに対する私たちの見通しには上振れ余地がありますが、景気回復の強さは刺激策によって決まるわけではありません。

図表3 –過去の不況時に米国GDPの回復までに要した期間
(直前景気サイクルのGDPピーク値を100として指数化)

出所: Bureau of Economic Analysis and Blackstone Investment Strategy. 季節調整済み年率実質GDP(2012年時点米ドル建て)

高齢化社会では急速な成長回復が見込めない代わりに、低成長サイクルが長期化する可能性があります。実際、前回の回復は近年史上、勢いが最も弱かった一方、期間は最長となりました。FRBが、私たちの予想通りに、ゼロ金利やその他の金融政策を堅持し、横ばいに近いも長期的な景気回復が続いた場合、米国も欧州や日本の「より低く、より長く」という金利政策をたどることになるでしょう。投資家にとって、この影響は重大なものになると考えられます。この政策は、1)企業の利益成長を伴わない割高なバリュエーション、2)実体経済のインフレ率ではなく資産価格への上昇圧力、3)投資における更なる利回りの低下、をもたらすでしょう。

60対40のアセットアロケーションは過去のもの

株式市場の不透明な環境が予想されますが、債券利回りが低下し続ければ、債券は従来のようにボラティリティに対する安定装置として機能しない可能性が高いでしょう。バイロンと私は、従来の株式60対債券40のポートフォリオでは投資家が求める利回りやパフォーマンスを提供できないと考えています。

株式への追い風の消失
前回の景気サイクルでは、金利の低下、減税、グローバル化の拡大、企業の自社株買い戻しが追い風となりました。これまでにも論じたとおり、これら4つの追い風は、前回の景気拡大期を通じてS&P500指数®のリターンを年間約17%に押し上げるという記録的なアウトパフォーマンスをもたらしました。しかし今日、これらの追い風は逆転しました(1)。金利は上昇しないかもしれませんが、今後大幅に低下するとは考えられません。企業は追加の法人減税を期待できないでしょう。長引く貿易摩擦や地政学的緊張を受けて、政府や企業はサプライチェーンとグローバル化の便益についても再考しています。また、負債の増加と財務面での柔軟性の低下により、企業の自社株買い戻しも減少するとみられます。ブラックストーンの副会長であるトニー・ジェームズが最近のインタビューで、パブリック市場での株式リターンは「失われた10年」を経験するリスクにさらされていると語りましたが、長期的に株式市場を捉えた場合には起こり得る話でしょう。

債券投資を取り巻く課題 従来の債券は、投資家が期待する分散効果や利回り、トータル・リターンをもたらさないでしょう。流動性の高いパブリック市場ではクーポンレートが減少し続け、ボラティリティからの保護機能が低下しています。バークレイズ債券総合指数の最低利回りは、前回のサイクルでは平均2.6%近くでしたが、現在は1.2%を下回っています(2)。その結果、伝統的な株式60%と債券40%を組み合わせたポートフォリオのリターンは年率換算でわずか1.5%と、世界金融危機を脱却した2010年の年率3.5%よりも低下しました(3)。一部の投資家は、流動性の高いパブリック市場で信用力の低い債券から利回りを得ようとしています。8月には、投資適格未満の企業が10年物ノンコール債をクーポンレート2.875%で発行しました。これは、2018年12月時点の米国債10年物の利回りに匹敵します。投資適格債にしても、現在は投資適格級をギリギリ維持できるBBB格の債券が大半を占めるため、留意すべきリスクが潜んでいます。

オルタナティブ資産のケーススタディ

プライベート・クレジット これまで、プライベート・クレジットはシニアローンやハイイールド債を含む他の債券セグメントに比べて、投資家へ高いリターンと低い損失率を提供してきました。第一に、プライベートに組成されたローンは返済順位が高く、担保付き(そのために資本構造の中でも相対的に返済順位が高い)であるだけでなく、コールプロテクションおよびコベナンツを備えていることが一般的です。第二に、プライベート・クレジットの平均実現損はこれまで低く抑えられてきました。2005年から2019年の実現損はわずか0.3%だったのに対し、ハイイールド債では1.4%、シニアローンでは1.0%でした(4)。第三に、過去15年間を通じて、プライベート・クレジットは投資適格社債と逆相関(-0.21)となっており、ハイイールド社債とはほぼ無相関(0.06)です(4)。また、金利が低水準で推移し続ければ、プライベート・クレジットの変動金利にはLIBORフロアが適応されていくでしょう。利回りはすべての資産で低下する可能性が高い一方、プライベート・クレジットとパブリック・クレジットの間の利回り差は続く可能性があります。現在、プライベート・クレジットは発行総額でクレジット市場の約20%を占め、成長が続いています(4)

プライベート不動産
過去10年間の平均利回りはプライベート不動産が約5%だったのに対し、パブリックREITでは約4.4%、投資適格債では約2.5%でした(5)。投資家の需要と、不動産資金調達コストの減少が重なり、キャップレートは引き続き低下していくと考えますが、不動産の相対的な利回り魅力は上昇するでしょう。米国では南部と南西部の中規模都市のファンダメンタルズは好調であり、人口密度も物価も高い北東部や中西部からの人口流出による恩恵を引き続き享受するとみられます。加えて、新型コロナウイルス感染症をきっかけにEコマースの成長が加速しており、最近の小売売上高は前年比20%以上の伸びを示しています。物流と倉庫は、コロナ後の世界でもEコマース需要が恒久的に増加すると予想されるため、従来のリテール物件への投資よりも優れたパフォーマンスを維持するとみられます。米国では小売り店舗スペースが過剰供給状態であるという根本的な問題もあります。

ローン担保証券(CLO)
発行資産残高約8,500億米ドルのCLO市場はグローバル規模で成長を続けています(6)。CLOとは、中堅・大企業向けの複数のローンをプールとして証券化し、回収された利息をさまざまなクラスの債権者や証券化商品の保有者へ支払うものです。歴史的な参入障壁や流動性が低いことから、従来型の流動性資産と対比し、CLOにはプレミアムが支払われます。米国では10月上旬時点でリスクフリーの国債金利に対し、投資適格債のスプレッドが146bpsだった一方(7)、AA格を付与されたCLOのスプレッドは200bps、A格のCLOは約285bpsとなり(7)、欧州CLOのスプレッドも同水準でした(7)

質の高いミッドストリーム資産
高格付けを獲得しているミッドストリームのC法人やマスター・リミティッド・パートナーシップ(MLP)は再検討すべきでしょう。アレリアンMLP指数の配当利回りと10年物米国債の利回りのスプレッドは、世界金融危機後の10年間の平均が約4.6%でした(8)。しかし、現在までの金利低下で、スプレッドは2020年第3四半期末時点で14%以上に拡大しました(8)。ミッドストリーム市場全体で14%の配当利回りは持続不可能なように思われますが、MLPの中でも質の善し悪しが存在し、最も脆弱な銘柄はすでに減配となっている点は注視すべきです。投資適格以下の採ガス生産(G&P)施設は、新型コロナウイルス感染症拡大を受けた天然ガス需要の低迷に直面しています。一方、投資適格級の質の高い銘柄は、発電やプラスチック製造向けの天然ガス輸送など、提供サービスの重要性を反映し、投資妙味のある資産として選好されています。格付けの高い発行体にとって事業環境は安定してきており、その一方で、ミッドストリームのインフラストラクチャ銘柄の分配率は過去最高水準となっています(9)

実体経済におけるインフレの欠如は利回りを抑制し続け、協調的な財政・金融緩和は債務や財政赤字の増加を促進すると考えられます。一方でインフレの定着は高齢化という本質的なディスインフレ要素によって阻まれるでしょう。資産価格のインフレと実体経済のディスインフレの駆け引きが続く中、バイロンと私は、利回りが持続的に低下する将来において、オルタナティブ資産の利回りはより注目を浴びると考えます。


  1. Source: Bloomberg, represents annualized gross returns for the period 7/1/09 through 1/31/20.
  2. Source: Bloomberg, as of 10/23/20.
  3. Source: Bloomberg, as of 10/23/20. “Traditional portfolio mix” refers to a model portfolio with 60% allocation to the S&P 500 Index and 40% allocation to the Bloomberg Barclays U.S. Aggregate Bond Index.
  4. Source: Morningstar, Cliffwater and JPM Default Monitor, as of 12/31/19. “Private Credit” is represented by the Cliffwater Direct Lending Index. “Senior Loans” is represented by the S&P/LSTA Leveraged Loan Index. “High Yield” is represented by the Bloomberg Barclays High Yield Index. Average realized loss is the historical average of the realized gains/losses for the Cliffwater Direct Lending Index.
  5. Source: Morningstar Direct and NCREIF, as of 12/31/19. Past performance does not guarantee future results. Private real estate is represented by the NCREIF Open-End Diversified Core (ODCE) index, which is an equal weighted, time weighted index of open-end core real estate funds reported net of fees. The term core typically reflects lower-risk investment strategies, utilizing low leverage and generally represented by equity ownership positions in stable U.S. operating properties. Funds are weighted equally, regardless of size. Public REITs are represented by the MSCI U.S. REIT Index. The MSCI U.S. REIT Index is a free float-adjusted market capitalization index that is comprised of equity REITs. Investment grade bonds are represented by bond yield to maturity of the Barclays U.S. Aggregate Bond Index. Indices are meant to illustrate general market performance; it is not possible to invest directly in an index. An investment in investment grade bonds is generally considered to be less risky than an investment in private real estate.
  6. Source: BofA Global Research, Citi and Intex, as of 9/30/20.
  7. Source: BAML and Credit Suisse, as of 10/2/20; European Assets: BAML, Credit Suisse, Bloomberg Barclays as of 10/2/20. Past performance is not necessarily indicative of future results. There is no assurance that any of the trends described herein will continue or will not reverse.
  8. Source: Bloomberg, as of 9/30/20. Decade average spread for the period 1/1/10 through 12/31/19.
  9. Source: Wells Fargo Research “Midstream Monthly Outlook”, as of 8/3/20

The views expressed in this commentary are the personal views of the author and do not necessarily reflect the views of The Blackstone Group Inc. (together with its affiliates, “Blackstone”). The views expressed reflect the current views of the author as of the date hereof and Blackstone undertakes no responsibility to advise you of any changes in the views expressed herein. For more information about how Blackstone collects, uses, stores and processes your personal information, please see our Privacy Policy here: www.blackstone.com/privacy. You have the right to object to receiving direct marketing from Blackstone at any time. Please click the link above to unsubscribe from this mailing list.

All information in this commentary is believed to be reliable as of the date on which this commentary was issued, and has been obtained from public sources believed to be reliable. No representation or warranty, either express or implied, is provided in relation to the accuracy or completeness of the information contained herein.
Investment concepts mentioned in this commentary may be unsuitable for investors depending on their specific investment objectives and financial position. Tax considerations, margin requirements, commissions and other transaction costs may significantly affect the economic consequences of any transaction concepts referenced in this commentary and should be reviewed carefully with one’s investment and tax advisors. Blackstone and others associated with it may have positions in and effect transactions in securities of companies mentioned or indirectly referenced in this commentary and may also perform or seek to perform services for those companies.

This commentary is provided for informational and educational purposes only and does not constitute an offer to sell any securities or the solicitation of an offer to purchase any securities. This commentary discusses broad market, industry or sector trends, or other general economic, market or political conditions and should not be construed as research, legal, tax or investment advice, or any investment recommendation. This commentary has not been provided in a fiduciary capacity under ERISA, and it is not intended to be, and should not be considered as, impartial investment advice. Past performance is not necessarily indicative of future performance.

In the United Kingdom and the European Economic Area: issued by The Blackstone Group International Partners LLP (“BGIP”), authorised and regulated by the Financial Conduct Authority (FRN: 520839) in the United Kingdom. This communication does not constitute a solicitation to buy any security or instrument, or a solicitation of interest in any Blackstone fund, account or strategy. The content of this communication should not be construed as legal, tax or investment advice. In Europe, this material is exclusively for use by persons who are Professional Clients or Eligible Counterparties for the purposes of the European Markets in Financial Instruments Directive (Directive 2014/65/EU) and must not be distributed to retail clients or distributed onward.

Market Insights 和訳版
本レポートは、ブラックストーン・グループ のチーフ・インベストメント・ストラテジストであるJoe Zidleにより執筆されたマーケット・インサイト (2020年11月発行)の和訳版です。本レポートは情報提供のみを目的としており、広告、特定の金融商品に関する投資助言・勧誘、及び販売等を目的としたものではありません。また、本レポートの一部または全部を、弊社の書面による事前承認なく第三者へ転送・共有することを禁じます。

商号等/ ブラックストーン・グループ・ジャパン株式会社
金融商品取引業者 関東財務局(金商)第1785号
所在地/東京都千代田区丸の内2丁目4-1 丸の内ビルディング10階
加入協会/日本証券業協会、一般社団法人第二種金融商品取引業協会