ニューノーマル(新常態)への備え

私たちは米国の成長見通しについて、コンセンサスより楽観的な見方をしています。

年初に、ジョー・ザイドルと共に今後12ヵ月間の見通しを立てました。私たちの予想は慎重なものでした。大方の予想では、S&P 500は10%程度上昇するとされていましたが(年初のコンセンサスは通常この程度)、私たちは2022年には特段の進展もなく、年初の水準で年末を迎えると予想していました。経済は成長路線を維持するものの、インフレの問題が大きくなるというのが私たちの考えでした。連邦準備制度理事会(FRB)はインフレ抑制のために利上げを行い、FRBが債券市場から撤退して9兆ドルのバランスシートが圧縮されると、中長期金利も上昇し、金利上昇を受けて企業の評価倍率(マルチプル)が低下し、経済はいくらか減速すると予想しました。収益は下方修正されるでしょうが、それでも市場が横ばいで終わるには十分良好な水準でしょう。第1四半期のS&P 500は4.6%下落しました。

蓋を開けてみると、新型コロナウイルスのオミクロン変異型が世界中に出現し、インフレ率は予想以上に大きな問題となり、ロシアはウクライナに侵攻しました。ウクライナの悲劇は、第二次世界大戦以来、欧州で最も深刻な地政学的課題となっています。日々報道される人々の苦痛は悲惨なものばかりです。戦闘の終結、停戦、和平交渉が早々に実現すること望んでいますが、それがいつ、どのように行われるかについては特別な洞察を持っていません。これらの出来事はすべて環境を変化させ、それが長く続くものと考えられます。これを「ニューノーマル(新常態)」と呼んでいますが、ニューノーマルは新型コロナウイルス感染症、米国の景気回復、脱グローバル化、金融引き締めの4つの要素で構成されています。それぞれについて掘り下げ、その影響の可能性について考えてみましょう。 

新型コロナウイルス感染症:
数ヵ月前まで、私たちは新型コロナウイルスを制したかのように見えていました。先進国では大半の国民がワクチン接種を受け、学校が再開し、旅行に出かけたり、レストランでも屋内で食事をしたりしていました。それから、オミクロン変異型が米国を襲い、次にその一種で「BA.2」と呼ばれる新たな派生株が登場しました。米国では、1日に確認される新型コロナウイルス感染症による死亡者数は最近500人1未満に減少し、昨年8月頃の水準となっています。1日に確認される新規感染者の数は約50,000人1(昨年7月以降で最低)に減少していますが、この水準は新型コロナウイルスの問題が解消されていないことを示しています。BA.2型は感染力が強く、現在では米国で主流の新型コロナ株として認識されています。ただし、現在のデータから、複数回のワクチン接種を完了した人は比較的、新型コロナウイルスから身を守ることができているように見えます。 

世界保健機関(WHO)は、欧州やその他の地域での新規感染者数の急増について警告しています。中国は、有効性の低さが実証されている国産ワクチンとゼロコロナ政策の堅持を背景に、非常に感染力の高い新たな変異株に対して特に脆弱です。最近の上海のロックダウンは中国の国内総生産(GDP)成長率を数ポイント低下させる可能性があり、中国の厳格なロックダウンは成長目標を脅かしています。重要なのは、コロナはしばらく、いえ、おそらく無期限に居座る可能性が高いだろうということです。私たちは免疫を維持するために定期的に追加接種を受ける必要がありますが、ウイルスの方もまた他の、より重大な形で私たちの行動に長く続く影響をもたらすでしょう。旅行したり、混雑したイベントスペースで時間を過ごしたりすることを躊躇する人も出てくるかもしれません。感染者数が急増した場合などはそれが顕著となるでしょう。このような懸念により、消費者の活動や支出が減少する可能性がありますが、主に高齢者や免疫力がない人など、ウイルスに対して脆弱な集団が中心となるでしょう。まとめると、コロナが経済活動に広範な影響を及ぼし続けると予想するのは妥当なことです。今のところ、米国は何とか乗り切れると考えています。 

米国経済の驚くべき強さ:
世界中に様々な問題がある中で、米国が景気拡大と雇用創出を続けていることは印象的です。3月の雇用統計では、11ヵ月連続で40万人以上の雇用が生まれ、失業率は3.6%に低下したことが示されました。それでもなお、私たちは高いインフレ率、ウクライナでの戦争、気候変動、国内政治の行き詰まり、海外の権威主義的政権の数々に直面しなければなりません。それにもかかわらず、米国は成長を続けています。引き続き公共交通機関に不安を感じている人もいますが、空の便は出張・観光とも改善しています。この2年間、人々は外出を自粛し、お金の使い先は家具や改築用品などの耐久消費財に向かいました。消費者はモノに偏った支出を続けています。モノの消費はコロナ以前の成長トレンドを上回っていますが、サービスへの支出は失地回復に苦戦しています。2022年のサプライズの4番目として、人々は(スポーツやコンサート、会議などの)エンターテインメントへ一斉にに戻り、2019年のような「通常の状況」が「ほぼ回復する」と書きました。もし私たちの予想が正しければ、消費者は消費の約7割をサービスに費やすという「より通常な」行動に戻ることになります(現在は約65%)。これは、サプライチェーンの緩和に大きな影響を及ぼします。サプライチェーンはモノの需要の量に圧倒されてきました。また、米国の多くの中小企業の回復に与える影響も大きいでしょう。 

住宅は景気回復の継続のカギを握っています。ここ数ヵ月、米国の家賃と住宅価格は前年比約20%の上昇率となり、住宅価格は過去最高を塗り替えています。それでも、個人所得の堅調な伸びが値ごろ感に寄与しています。住宅ローン金利は2011年以来初めて5%を超え、継続的な住宅需要に対する懸念材料となっています。しかし、住宅市場は、経済全体が拡大し、労働市場が堅調である限り、維持される傾向があります。住宅価格の伸びは鈍化すると予想されますが、過去2年間の住宅需要の激増を考えると、価格上昇が鈍化した際には待ち構えていた買い手が前面に出てくるでしょう。それまでの間、購入希望者の中には住宅購入を延期し、代わりに賃貸を選ぶ人もいるとすれば、当面は賃貸マンションの需要が増加するものと思われます。

景気後退を懸念する声が多く聞かれますが、雇用が減少し、企業収益が低下することなく、景気後退に陥った事例はこれまでにありません。雇用の見通しは引き続き良好で、有効求人倍率は1.7倍です。企業収益の面では、S&P 500の収益は昨年第4四半期に30%以上増加し、逆風にもかかわらず第1四半期には5%以上増加すると予想されています。2022年のS&P 500採用企業の収益についての現在のボトムアップ予測は10%を超えています。もう一つの懸念は、インフレは続くが成長は鈍化するスタグフレーションです。ストラテジストがGDP成長率予想を引き下げた例は多いですが、ゼロ成長を予想した者は今のところいません。この見通しは、FRB次第です。そして、短期金利の大幅引き上げ以外にインフレ率を引き下げる方法がないほど物価上昇が解決困難かどうかにもかかっています。 

調査会社ISIのエド・ハイマン氏によれば、その他の要因は概して有利な方向に働くようです。これには、サプライチェーンの目詰まり緩和、企業の価格決定力の継続、堅調な雇用情勢と賃金、失業保険請求が過去最低水準で推移していること、製造業購買担当者景気指数(PMI)がここ10年で最高となっていることなどが含まれます。重要なのは、消費者の純資産における変化で、現在150兆ドルに上り、2019年第4四半期と比べて29%も増加しています。世界を見渡したとき、米国の実質GDPはコンセンサスを上回るペースで2022年に4%、2023年に3%と成長すると予想されます。一方、欧州の成長は、ゼロに近いところまで減速するでしょう。欧州諸国が景気後退に陥るかどうかは、どの程度積極的な政策支援を実施するかと、ロシアからのエネルギーの流れが遮断されないかどうかに左右されます。中国の2022年のGDP成長率は、発表された成長目標の5.5%を下回ると予想されます。このことに言及しているのは、地政学的背景がすでに厳しくなっている中で世界の国や地域の間で見通しが多岐に渡っていることを示すためです。そして、それが次のトピックです。

脱グローバル化:
ウクライナ情勢は、世界貿易に影響を及ぼしています。ロシアは欧州の石油の3分の1、輸入ガスの45%、石炭の半分を供給しています。また、ロシアとウクライナは世界の小麦・大麦の約3割を供給していますが、その出荷が止まっているため、農産物価格の高騰や世界的なインフレ悪化につながっています。ロシアとウクライナは肥料や貴金属も生産しています。ウクライナは自動車の触媒コンバーター用のパラジウムと半導体用のネオンを採掘しています。ウクライナ戦争の最も重要な帰結は、世界の仕組みに対する私たちの理解に世代交代をもたらすことかもしれません。欧米では、2国間の領土紛争は歴史の中の出来事であり、目の前の現実ではないという見方に多くの人が安住していました。前世紀に既に、物理的及びイデオロギー的に立ちはだかっていた壁が取り払われていました。すなわち、ベルリンの壁と鉄のカーテンが取り除かれました。

私たちは、比較生産費説を展開した19世紀初頭の経済学者、デヴィッド・リカードの説いた調和のとれた現実の中に生きていたのです。リカードの考えでは、国々は可能な限り低い価格で商品やサービスを生産し、コストが高い他の国に販売します。リカードはこのような相互接続性によって戦争をすれば代償が高くつきすぎることになると考え、それは世界の仕組みを反映しているように見えました。欧州がロシアにエネルギー供給を委ねる理由もそれで説明されます。しかし、その考えは今疑問視されています。各国は製造業を自国に戻す計画を立てています。フォードの全従業員のうち53%が1992年には米国で働いていましたが、2009年までに37%に減少しました。1990年くらいまでは半導体の80%が米国で生産されていましたが、2020年までには20%まで減少しました。私たちは、主要な製造業の国内回帰に向けた大きな転換コストに直面しなければなりません。米国の人件費は海外の多くの国や地域よりも高いうえ、すでに多くの国内企業が労働者の確保に苦労しています。グローバルなサプライチェーンがもたらした効率性とコスト削減効果は逆転し、物価が上昇する可能性があります。これは利益率にとっては課題となりますが、バリューチェーンが自国に近づくように再編されるのですから、妙味のある投資機会が多数生まれる可能性があります。初期の取り組みは戦略的な製品に限定されるかもしれませんが、そこで終わらない場合の検討も重要でしょう。 

同僚のジョー・ザイドルが過去に示唆したように、もしグローバリゼーションがデフレをもたらすものであるならば、そのプロセスの逆転がもたらす結果が同じであるとは考えにくいでしょう。そしてこれは、世界のインフレ上昇に対応するために中央銀行がどのように軸足を移しているかという、次の大きな話題につながります。 

金融引き締め:
過去に米国で物価が急上昇した際は常に、FRBは短期金利を大幅に引き上げる必要がありました。その最も顕著な例は1970年代、当時のFRB議長ポール・ボルカーがインフレを退治するためにFF金利の引き上げ幅を2桁台まで大きく動かした時です。過去8回のFRBによる利上げ期のうち、6回がその後に景気後退を伴いました。公正を期すために、ドットコム・バブルや住宅危機の後の景気後退のように、FRBの範疇にない問題が原因で発生したものもあることを指摘しておきます。しかし、FRBが「ソフトランディング(FRB の利上げサイクルの後に景気後退が発生しないこと)」を実現できた2つの例では、インフレ率は現在の水準には到底及ばないものでした。弱気派は、インフレ抑制のためにはFRBが積極的に利上げを行う必要があり、それによって経済や市場に大きな損失がもたらされると考えています。現在、消費者の一番の関心事は物価高騰であり、ここ数ヵ月で消費者信頼感指数は急激に低下しています。 

現在の経済の勢いがあれば過去のようなソフトランディングが可能だとの見方もあります。3ヵ月物利回りと10年物利回りを比較しても、イールドカーブは依然としてスティープであり、エバーコアISIは実質利回りのカーブはスティープだと指摘しています。FRBはインフレ抑制の目標を達成するために失業率の上昇を容認すると思われますが、前述のように、労働市場は過去にないほど堅調な状態にあるため、インフレに対応できる可能性があります。 

成長に向けた滑走路はまだ先に続くと考えています

私たちのチームでは、米国経済のファンダメンタルズは引き続き堅調であり、今後12ヵ月のうちに景気が後退するリスクは依然として低いと考えています。しかし、繰り返し言及されるリスクの増大についても認識しています。FRBは今後2回の会合で金利を50ポイント引き上げ、バランスシートの縮小を開始し、金融環境が引き締まっていくと予想されています。しかし、金融政策による成長への影響が効いてくるのは約1年後となるため、過去数年間続いた歴史的な金融緩和の影響は経済にまだ反映され切っておらず、金融環境が絶対的に「タイト」とみなされるまでにはしばらく時間がかかるでしょう。石油など一部のコモディティの価格はピークに達したかもしれませんが、ウクライナ戦争の影響を受けた食料品などは高止まりする可能性があります。1年前の方が価格が高かった月が来れば比較が容易になりますが、住宅や賃金などのカテゴリーではまだ粘り強い価格上昇が優勢かもしれません。インフレが低下するには、ある程度の需要の崩壊が必要になるかもしれません。 

これらすべての要因を考慮し、私たちは米国の成長見通しについて、コンセンサスより楽観的な見方をしています。そうは言っても、これまで述べてきたようなリスクを注意深く監視し、「ニューノーマル」に向けてどのように備えるべきか、これまで通り、皆様にお伝えしていきます。
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テイラー・ベッカーが本エッセイの調査および編集を支援しました。


1. Source: Our World in Data, as of April 24, 2022. Represents 7-day moving average of new daily confirmed cases and deaths.

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