マーケット・インサイト

ニュアンス転じて真実となるか


数々の著名投資家を迎え、恒例のベンチマークランチを開催
コロナウイルス感染症の収束がなかなか見えない中、今年もベンチマークランチを開催することにしました。イースタン・ロングアイランドに居を構える、著名な投資家たちを招き、4週にわたって金曜日のランチを主催するようになってかれこれ数十年経ちます。各週の参加者は例年25~30人ですが、今年はそれだけの人数が一堂に会するのは困難なため、ビデオ会議形式で5回のランチを開催しました。興味を持ってくれる人が多く、その人たちが気軽にアクセスできるようにしたいと考えたためです。参加者は例年通りの顔ぶれで、ヘッジファンド、プライベートエクイティおよび不動産の著名投資家、学者、元政府職員、経済・市場関係者などです。各ランチの参加者に合わせたテーマに沿って私が司会を務め、初のビデオ会議による開催は奏功しました。給仕や雑談に会話を遮られることが無いため、対面よりもこの形式の方が良いと感じた参加者もいました。そうはいっても、対面形式は参加者が人脈を築き、交流する機会を与えてくれることから、誰もが来年は直接対面の形式に戻れることを望みました。

ワクチンの大衆への普及は2022年半ばの予想
議論の全般的なトーンは、楽観と不確実性が入り混じったものでした。来年までに、2019年に見られたような日常に戻れると考える向きはごく少数で、多くの参加者は2022年までには戻れると考えていたものの、何が「普通」となっているかについては意見が分かれました。全員の意見が一致したのは2つの要因が必要であるという点です。まず、有効なワクチンの開発、治験、製造、投与です。第二に、景気低迷が続く間、景気後退で雇用を失った何百万人もの国民を支援するために、財政刺激策や金融緩和策といった政府の支援が必要となることです。経済が自力で勢いを生み出すのには、しばらく時間がかかるでしょう。いずれにしても、9月11日の同時多発テロ以降のように、現時点では予測不可能な恒久的変化が起こると考えられます。

ワクチンについては楽観的な見通しが大勢を占めました。多くの企業が開発に取り組んでおり、一部は臨床試験や製造にこぎつけ、規制当局の承認を待っています。米国だけでなく、欧州やアジアでもこのプロセスが進行中です。年末までに、有効なワクチンがエッセンシャルワーカー向けに供給されるとの期待が多く聞かれました。また、参加者の予想によれば、一般の人々がワクチンを受けられるのは2021年後半となり、2022年半ばまでには希望者の大部分が接種を受けられることでしょう。ワクチンの有効性持続期間や、免疫を維持するために必要な追加接種の頻度が毎年になるのか、より頻繁になるのかについては議論百出となりました。また、国民が接種を希望するかどうかについても意見が分かれました。通常のインフルエンザの予防接種を受けるアメリカ人は40%に過ぎません。人々がある程度の安心感を持って、公共交通機関の利用、屋内レストランでの食事、映画鑑賞・観劇・スポーツ観戦などを行うためには、人口の半数を大きく上回る人が新型コロナウイルス感染症の予防接種を受ける必要があるだろうというのが、その場の皆の意見でした。この病気について医学の専門家がこれまでに多くの知見を得たという点では広く意見が一致しました。結果として、より多くの患者が十分効果的な治療を受けられるようになり、長期的な健康問題の緩和や関連する死亡者数の抑制につながるでしょう。

明暗分かれるビジネス環境、多くの小規模企業が廃業の危機に
この感染症による経済的損害については、幅広い見方がありました。失業率はおそらく10%程度で高止まりするとみられる一方で、足元の回復率には感心しているというのが大方の意見でした。製造および住宅セクターは、いずれも低金利に支えられて堅調です。製造セクターの反発の一例として、米国内の自動車生産は5月から6月にかけて200%増加し、コロナ禍以前の水準の約3分の2まで回復したことが挙げられます。大半の先進国では購買担当者景気指数が50を超え、景気拡大を示しています。しかし、景気後退期に何千もの小規模企業が廃業に追い込まれました。所有者が破産したり、引退を決断したりしたため、多くの企業は再開に至らないと見られます。

経済の大部分は窮地に立たされています。ホテル、レストラン、リゾート、クルーズ船などの接客業は回復に時間を要するでしょう。航空業界は構造的な変化から苦戦するかもしれません。Zoomなどのビデオ会議ツールを使用することで一部の業務はリモートで効果的に遂行できることが証明されました。とは言え、営業活動や事業投資において直接顔を合わせることに代わるものはなく、関係をリモートで構築することは困難です。休暇中の旅行はもちろん、遠くの友人や親類を訪ねる人も多いので、航空会社や他の旅行ビジネスは回復すると見られるものの、実現までには2~3年かかるかもしれません。

働き方や消費者行動の変化を受け、小売店舗は大幅縮小の時代へ
リモート勤務の経験は構造的な影響を及ぼすでしょう。在宅勤務が非常に効率的だと感じた人は少なくありません。ビジネススーツに身を包む必要もなければ、「痛勤」を避けることも可能で、節約できた時間を使って思考を深めることも出来ます。一方で、私たちはみな、同僚との対話や後輩の育成、会議で互いに意見を深め合うことを好みます。オフィスに戻ることは楽しみですが、以前のように毎日は出勤しないかもしれません。この傾向は、仕事場やコンベンション以外でのグループの集まりにも影響します。必要なオフィスの面積は減るかもしれませんが、ソーシャルディスタンスを保つために、人口密度を下げる必要があり、オフィス需要減少の相殺要因になります。

ランチでは様々なセッションに著名な不動産投資家が多く参加しました。大部分は、保有不動産に十分な資金を手当てしていれば、この不況が過ぎ去った際には、過去と同じように資産価値を回復することができると楽観視していました。物件を底値で購入することを検討している投資家もいました。オフィステナントは、ほとんどの従業員が在宅勤務をしているにもかかわらず、賃料を支払い続けていると投資家の大半が口をそろえました。小売業のテナントが深刻な問題に直面しており、ロード&テイラー、ニーマン・マーカス、ブルックス・ブラザーズの倒産に見られたように、小売セクターの受けた打撃は恒久的なものとなる公算が高いことを全員が認識していました。米国ではこれまで小売店舗が過剰となっていました。ある不動産会社の幹部は、米国の小売スペースが国民1人あたり50平方フィート(約4.6平方メートル)を超えるという驚くべき数字を披露しました。次点のカナダの3倍近くにもなります。欧州諸国では1桁台です。いわく、小売セクターは現在のスペースの約3分の1を削減する必要があるとのことでした。文化施設は甚大な打撃を受けたと考えられます。観光客を惹きつける会場はどこも入場者が減少し、隣り合って座らなければならないような場所では地元の来場者も減少するでしょう。今日、多くの慈善寄付は、芸術団体よりも、社会サービスや医療に向けられています。

6割の米国人はリモートに頼れない労働環境
ランチの参加者はみな、快適な自宅からセッションに接続していました(多くは別邸です)。総じてリモート勤務が可能な職に就き、十分な貯蓄と資産を保有していることから、収入が何年間か落ち込んだとしても、これまでの生活スタイルを十分維持できるだけの備えがあると言えます。その結果、逆境から自身を隔離することが出来たのです。米労働統計局が今年6月に発表した調査によると、米国の労働者の約40%はリモート勤務が可能ですが、他の60%は病院、工場、サービス業、運輸などの職務を遂行するために出勤する必要があります。後者は経済的にそれほど余裕がなく、先行きについてあまり楽観的ではないグループで、不要不急な出費に消極的と見られます。米国の高い失業者数(消費できない層)とリモート勤務者の多さ(移動の減少に伴う支出の低下)を考え合わせると、米国経済が2019年の4分の1の水準にしか回復していない理由は火を見るよりも明らかです。そのため、2022年までにGDPが2019年の水準に戻るというような見方は楽観的すぎるかもしれません。困難な経済情勢下、政府支援の継続的なニーズがあるものの、ランチの参加者は、最低所得保障制度が米国で実施される可能性は低いと見ていました。

社会不安が消費者の行動に与える影響についても考えなければなりません。街が落ち着きを取り戻さなければ、市民は家にこもりがちになります。オフィスの感染防止対策にかかわる費用も発生するでしょう。従業員の検温、換気システムの改良、定期的な完全清掃が必要となります。ある州政府の元関係者は、このウイルスが州政府や地方自治体に与える影響について語りました。売上税と所得税からの税収は減少すると同時に、州や地方政府の運営コストは増加します。連邦政府は財政支援のため1兆ドル規模の拠出を行う必要があるものの、そうした資金を政府が進んで手当てするかどうかは不明です。

最後のセッションでは、ウイルスが若年層に与える影響について議論しました。リモート学習は教室での指導よりも効果がはるかに低く、所得格差に応じて影響に差が出た点は大半の参加者が同意するところでした。対面による教育には社会的な相互作用という利点もあります。子供たちはお互いから学び、生活や職場で重要となる、協調性を身につけます。パンデミック以前でさえ、卒業生の目の前には就職市場の厳しさが広がっていました。この状況は、前回の不況から続いてきたといっても過言ではなく、この世代はずっと就職難に直面してきたことになります。これは長期的に見て、社会にどのような影響を及ぼすことになるでしょうか。

まだ不確実性の高い米国大統領選
大規模な財政刺激・金融緩和策が金融市場にもたらす効果についても議論しました。これまでのところ、金利やインフレへの影響は限定的です。参加者の大半は、現代貨幣理論を基に政府が無限にお金を印刷できるという考えに懐疑的でした。いずれにしても、実質成長がインフレ率を上回る限り、景気回復に向けた現在の取り組みを続けることは恐らく可能です。しかし、米ドルは今年に入ってからすでに約10%下落しており、これは水面下の問題を示す最初の兆候かもしれません。また、欧州とアジアの方がウイルスを上手くコントロールしており、順調に回復していることを示唆しているのかもしれません。社会不安、莫大な財政・金融刺激、ウイルスの拡散を制限するための規律の貧弱さ、政治のマヒ状態、国際協調の回避などが相まって、世界における米国の地位を低下させている可能性があります。11月の大統領選と上院議員選挙で民主党が圧勝し、大企業への優遇政策が転換点を迎えるという見通しが米ドルを押し下げている可能性もあります。それでも、ほとんどの参加者は、金利とインフレ率が今後数年間は低水準で推移すると予想していました。なお、極端な進歩主義者ではないカマラ・ハリス氏の選択はバイデン候補のキャンペーンにプラスとの受け止め方でした。

バイデン氏の勝利は確実だと参加者の誰もが考えていたわけではありません。有権者が世論調査をはぐらかすことは往々にしてあります。個人の安全に関する問題意識の高まりを受け、犯罪取り締まりの強化や市中の安全維持に重点を置く候補者に票が集中することを懸念する参加者が多くいました。また、増税や企業の負担増となる規制を実施しないことを政権に約束して欲しいという意見もありました。いずれも合理的な考察ですが、バイデンは現在相当リードしており、打ち負かすのは困難でしょう。バイデン氏はトランプ大統領より討論に長けておらず、失言癖があることへの心配も聞かれました。討論会で見劣りすれば、当選の見通しが弱まるかもしれません。また、国全体が左派寄りになったとの指摘も聞かれました。人種間の不公正、不平等、環境保護への配慮は、かつてないほど米国の有権者にとって重要となっています。1960年代に投票権法と公民権法が成立した後には相当の熱意がありましたが、当時の進展が不十分だったことが半世紀後に明らかとなりました。今回のランチの参加者は、改革への支援が大きく広がっているため、今後数年間で変化が進むと予想しています。

米中関係の緊張は継続するもワクチン開発で協力となるか
米中関係の緊張が世界にもたらす意味合いについても議論しました。世界の2大経済の対立は良くないとの認識を誰もが示した一方、ナショナリズムへの長期的な転換や反グローバリズムが進行した結果によるもので、避けられない成り行きだとの指摘もありました。中国の対香港政策と南シナ海での軍事作戦が米国の国防予算の増加につながることへの懸念も多く聞かれましたが、事情に詳しい関係筋によると、第1段階の貿易合意を巡る協議は前進しており、中国からの輸入と対中輸出は継続しているとのことです。第2段階合意に向けた交渉は、現時点では進展がないようです。中国はジェネリック医薬品および医療機器の主要生産国です。今後、ワクチンや途上国支援に関する協力が前向きな議論の土台となるかもしれません。中国はまた、多くの分野で品の高い製品を低コストで生産してきた実績があります。同等の生産力を米国内に回帰させたり、どこかに移転させたりすることは困難を伴い、コストや時間がかかりますが、この取組みは部分的ながらも進行中です。

WTI原油価格の50米ドル台への回復は2022年以降か
エネルギーについて議論する時間も設けました。新型コロナウイルス感染症に伴うロックダウンをきっかけとする世界的な不況の間、石油需要は日量2,500万バレル減少し、世界金融危機時の減少幅の4倍となりました。しかし、自動車の使用が再開されると同時に状況は改善しました。特に、中国は1年前よりも多くの石油を消費しています。しかし、何といっても石油需要減少の最大の要因はジェット燃料です。ワクチン接種を受けるまでは航空機利用への懸念が払拭されないであろうことから、この動きにはしばらく変化が見込めません。米国では100万バレル規模が石油在庫として積み上がっており、これを徐々に消費していかなければなりません。現在の価格水準ではほとんど採算が取れないため、シェールオイル生産は減少すると予想され、米国の生産量はピーク時の日量200万バレルから減少して70万バレルとなるでしょう。OPEC(石油輸出国機構)が生産量で世界をリードすると見られます。WTI原油価格が1バレル当たり50ドルを超えるのは、経済が正常に近い水準に戻ると予想される2022年を待たなければならないでしょう。一方、忍耐強い投資家には資金繰りがしっかりした生産者への、魅力的な投資機会があるでしょう。世界の原油探索は当面延期されることになります。原油価格が回復するまでは、中東の政治情勢の不安定さが増すでしょう。

株式市場と実態経済の乖離が拡大
すべてのセッションで、富の創造の機会について議論しました。米連邦準備理事会(FRB)による金融拡大が株式市場の好調さに大きく寄与しているとの認識に異を唱える参加者はいませんでした。金融資産の価格と実体経済のパフォーマンスは大きく乖離しています。FAANG銘柄、医療関連株、マイクロソフトなどが市場を新高値付近に押し上げていますが、S&P500指数構成銘柄の大半は上昇の波に乗れず、エネルギー関連株や接客関連株は下落しています。グロース株がけん引役となり続け、革新的な企業は引き続き順調に推移するものの、全体的な株価は当面横ばいが続く水準に達したというのが一般的な受け止め方のようでした。業界に変化を突きつける企業がIPO申請する動きは興味深く、これらは慎重に検討する必要があります。資金力の潤沢な国際企業が保有する強力な消費者ブランドは、価格決定力を持ち、世界経済の回復に伴って収益を拡大することができます。低金利環境下、一部の企業が割安に売り出される中、プライベートエクイティは引き続き投資機会を見出すでしょう。多くの参加者は、リストラクチャリング、合併、買収活動が非常に活発になると予想していました。投資家は利回りを求めています。現在の苦境を生き延び、景気回復時により良い結果をもたらす企業のハイ・イールド債は魅力的ですが、それらの利回りでさえ大幅に低下しています。最後に、航空会社、輸送業、接客業は業績が低迷していますが、ポートフォリオの一部としてリスクを許容できる忍耐強い投資家にとっては、高い価値を示す銘柄もあります。今年は金価格が目のくらむほど上昇したにもかかわらず、ランチの参加者で金を買ったのは数人に留まりました。金の魅力は超低金利に押し上げられました。バイオテクノロジーや資産運用業に強気な見方を持つ投資家もいました。

私は去年のエッセイに「心配ばかり多いが、できることはほとんどない」というタイトルをつけましたが、来たるものを確実には予知できていませんでした。ただし、より柔軟な働き方、eコマース、遠隔医療などの重要性といった、感染症拡大の前に展開していた傾向は加速されるでしょう。楽観的で忍耐強い投資家にとって、今できることはたくさんあります。


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Market Insights 和訳版
本レポートは、ブラックストーン・グループ のプライベート・ウェルス・ソリューショングループの副会長であるバイロン・ウィーンにより執筆されたマーケット・インサイト (2020年9月発行)の和訳版です。本レポートは情報提供のみを目的としており、広告、特定の金融商品に関する投資助言・勧誘、及び販売等を目的としたものではありません。また、本レポートの一部または全部を、弊社の書面による事前承認なく第三者へ転送・共有することを禁じます。

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