今までのやり方では目指す場所にたどり着けない
今号のタイトルは、企業経営陣の指南役を務める方々が広めた言葉から取りました。より大きな成長と達成のために積極的な行動変容の必要性を強調するものです。これらの目標に不可欠なのは、まず現状を認識し、次に新しい状況に適応することです。これは投資の世界にも言えることで、特に、著しく異なる未来が予想される現在では、そのように考えることができると思います。
FRB(連邦準備理事会)は景気循環に沿ってインフレを抑制することができますが、一方で投資家にとって重要なのは、経済全体における不十分な投資と供給不足という長期的な課題が、金融緩和・安定・過剰流動性の時代への回帰を阻む壁となる点を理解することです。このような環境下でも投資機会を見出せると投資家が理解する必要性もまた重要ですが、そのためには新しい戦略を実行する必要があります。
今日の投資不足は、明日のインフレ圧力に
昨夏の記事で触れたとおり、現在のインフレ圧力の大きな要因は、住宅、エネルギー供給、公共インフラといった重要な資産に対する投資不足が長年続いたところに、労働力の供給不足が重なったことにあります。この投資不足が供給不足を招き、インフレを悪化させ、これに対しFRBは政策金利の引き上げとバランスシートの縮小で応じました。
以前より高くなった現在の金利は、皮肉なことに金利敏感セクターへの投資不足を長引かせ、供給不足とインフレ圧力を長期的に悪化させることに繋がります。住宅建設から設備投資に至るまで遅々として進んでおらず、この影響が「実体経済」に波及している兆候が現れてきています。
セクターを超えた投資不足の裏付け
例えば、米国の住宅市場では数百万戸の物件が不足しています。同様に、エネルギー供給も長年にわたる不十分な投資の制約を受けてきました。再生可能エネルギーへの移行や脱炭素化により、重要鉱物の必要性がさらに高まっており、今後数年間で不足が深刻化すると予想されていますが、これも投資不足が原因です。一方で、グローバル化を通じて労働力コストと原材料コストは低下傾向にあったものの、企業がサプライチェーンを多様化し、強靭化を図る中で勢いを失っています。
つまり、FRBは循環的にインフレをコントロールすることはできるものの、そうすることによって次のサイクルで構造的にインフレ率を押し上げる可能性があるのです。そうなった場合、FRBには極端な緩和政策への回帰を画策する余地はないでしょう。
前回のようなサイクルへの期待は禁物
私たちは、近い将来にFRBが緩和的な政策に戻ることはないだろうという見解を持っています。市場は金利上昇が長期化することを受け入れておらず、前回のサイクルのような緩和的な金融政策へ速やかに回帰することを織り込み続けています。市場は、インフレ率の一段の上昇と、より短く不安定な景気サイクルに陥る可能性を見落としています。
新たな局面
この新局面において、投資家は変化する市場力学を考慮し、戦略を見直す必要があると考えます。流動性不足を乗り切るには、評価倍率(マルチプル)よりも利益、デュレーションよりもクレジットを優先させることが重要です。ブラックストーン・オルタナティブ・アセット・マネジメント(BAAM)のジョー・ダウリングが、この局面について解説し、解決策を提案します。
データ・分析:タイラー・ベッカー
変わる局面、求められる新たな戦略
ジョー・ダウリング(ブラックストーン・オルタナティブ・アセット・マネジメント、グローバル責任者)
BAAMでは、様々な市場環境で魅力的なリターンを追求するレジリエントなポートフォリオの構築を目指しています。未来を予測することは不可能なので、レジリエントなポートフォリオを構築するには、確率論に基づいた資産配分や投資判断が必要です。量的緩和(QE)から量的引き締め(QT)への移行は、流動性の低下と変動率(ボラティリティ)の上昇を意味します。その結果、投資家には新しい投資戦略が必要となりますが、絶対収益型戦略はこのような状況下で手堅いリターンを提供し、ポートフォリオを分散化させる可能性があると私たちは考えています。
様変わりした市場環境
約10年間にわたって、市場は良好な投資環境の恩恵を受けてきました。金利は低く、インフレ率も低く、安定し、グローバル化のおかげで企業は原材料の限界コストを最低限に抑えられるようになりました。評価倍率が拡大し、その結果、資産価格が上昇しました。投資家は、長期的な成長を実現するために現在の収益性を犠牲にする企業に投資することで報われたのです。伝統的な米国の60/40ポートフォリオは、2012年から2021年までの10年間で年率11%以上のリターンを達成しました1。
しかし、そのような時代は終わりました。金利は高く、インフレ率も高く、予測不可能であり、企業は効率性よりも回復力を重視しています。多くの点で過去10年間の市場トレンドが逆転しました。前回の投資環境で成果をもたらした伝統的な戦略は、今や難解さが増す投資の枠組みにさらされているのです。前述した米国の60/40ポートフォリオは2022年に16%のマイナスを記録し、同戦略のリターンとしては過去最悪の部類に入りました。
量的引き締めの長期化
2022年6月を起点に、FRBは量的緩和から量的引き締めに移行しました。以前の量的緩和時代には、FRBは米国債や住宅ローン担保証券などの資産の大量購入を繰り返しました。これにより、経済にマネーが注入され、2008年に約1兆米ドルだったFRBのバランスシートは2021年末には9兆米ドルに膨らみました。
インフレ率の上昇を受け、FRBはバランスシートの縮小を通じて、また最近では満期を迎えた証券を再投資せず、保有残高を自然減させることで、経済からマネーを吸収しています。FRBが設定した毎月の減額の上限は950億米ドル(国債600億米ドルと住宅ローン担保証券350億米ドル)です。このペースで行くと、FRBのバランスシートが均衡する規模まで縮小するには2~4年かかると推測されます2。
流動性の低下が招くボラティリティの上昇
量的緩和時代は各資産クラスのボラティリティが異常に低く、潤沢な流動性が市場の値動きを抑制しました。実際、株式のボラティリティは、2002年から2011年までの10年間と比べて2012年から2021年までの10年間で平均23%低下しました3。また、債券のボラティリティは同じ期間で平均38%低下しました4。
量的引き締めでは市場流動性の低下が市場の動きを増幅させるため、この傾向が逆転しています。2022年には各資産クラスのボラティリティが大幅に上昇し、2023年に入ってからも高止まりしています。ボラティリティは投資リスクの増大を意味しますが、リスクはしばしば機会を生み出します。多くのオルタナティブ投資戦略は、市場のボラティリティの高まりや、資産クラス内および資産クラス間のばらつきが拡大したことから恩恵を受けています。
ポートフォリオの構成を精査する時期
今回のように市場のレジームが変化するときには、投資やポートフォリオの構築方法を振り返る必要があります。難しい質問を設定し、それに答えるのです。例を3つ挙げましょう。
- このような環境下で、評価倍率(マルチプル)の拡大がリターンの原動力となり続けるか?
可能性は低いでしょう。米国株は現在、翌年の利益の17倍の価格で取引されており、このマルチプルの水準は過去約30年間平均と同等です5。金利の上昇はマルチプルにとって追い風ではなく、逆風です。
- 株式が中期的に横ばいで推移した場合、ポートフォリオのリターンはどうなるか?
過去10年の好調なリターンをけん引したのは株式でした。米国の60/40ポートフォリオでは、株式は年率16%以上のリターンを上げ、債券は約3%のリターンを上げました。このパフォーマンスは、前回の投資環境で好成績を収めた多くのポートフォリオが株式に過度に依存していたことを示唆するものです。
- ポートフォリオのエクスポージャーは真に「分散」されているか?
近年の株式と債券の負の相関は、従来のポートフォリオが分散されているように見せかけていました。しかし、歴史を振り返ると、債券は信頼できる分散投資先ではありません。株式と債券は過去50暦年のうち6割強で正の相関を持ち、2022年もまた然りです6。
真の非相関を目指す絶対収益型戦略
60/40ポートフォリオのような古典的な投資戦略は、株式と債券が正の相関となる場合にバランスが崩れます。ここに絶対収益型戦略を追加することで、差別化されたリターンの源泉を通じてバランスの改善を図ることが出来ます。当社では分析を通じて、絶対収益型戦略に10%を配分する60/30/10ポートフォリオが、この目標を達成するのに役立つと考えています。
絶対収益型戦略の例としては、トレーディング戦略、クオンツ運用戦略、オルタナティブ・クレジット戦略、マクロ戦略などが挙げられます。トレーディング戦略は、仲介役として証券の売買を行うことで、市場に流動性を提供するものです。流動性が希薄になると、仲介者はより高いリターンを享受することになります。クオンツ運用戦略は、資産の長期的な評価について方向性のある見通しを持たず、市場の短期的な動きを収益に繋げることを目指します。オルタナティブ・クレジット戦略は、構造的にも景気循環との相関が低いデットの機会に投資することを目的としています。そして、マクロ戦略は、金利などのマクロ市場における相対価値の見通しをロングとショートのポジションに落とし込むものです。
これらの戦略を組み合わせた絶対収益型エクスポージャーにより、投資先の市場環境にかかわらず、一貫したリターンを生み出すことを目指します。こうした一貫性と非相関性によって、足元の環境にさらされている伝統的なポートフォリオに力強さを持たせることができると考えています。
- 米国60/40ポートフォリオは、S&P500指数トータルリターン60%、ブルームバーグ米国総合債券指数トータルリターン40%で構成され、毎月リバランスするものとします。
- FRBがバランスシートの規模を毎月950億米ドル縮小すると仮定し、均衡バランスシートの規模を4兆~6兆米ドルの範囲としています。
- 2012年~2021年のVIX指数平均値を算出し、2002年~2011年のVIX指数平均値と比較しています。
- 2012年~2021年のMOVE指数平均値を算出し、2002年~2011年のMOVE指数平均値と比較しています。
- ブルームバーグ、2023年5月現在。
- ブルームバーグ、2023年1月現在。株式の代表としてS&P500指数、債券の代表としてブルームバーグ・バークレイズ米国債トータルリターン指数を使用しています。
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Market Insights 和訳版
本レポートは、ブブラックストーン・グループ プライベート・ウェルス・ソリューションズ のチーフ・インベストメント・ストラテジストであるジョー・ザイドルとブラックストーン・オルタナティブ・アセット・マネジメントのグローバル責任者であるジョー・ダウリングにより執筆されたマーケット・インサイト (2023年5月23日発行)の和訳版です。本レポートは情報提供のみを目的としており、広告、特定の金融商品に関する投資助言・勧誘、及び販売等を目的としたものではありません。また、本レポートの一部または全部を、弊社の書面による事前承認なく第三者へ転送・共有することを禁じます。
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